水晶のおはなし



まい 
これくしょん







私はなぜか石が大好きだ。
小さい頃から道に落ちているいろいろな形の石を拾い集めたり、じ〜っと眺めたり、並べて遊んだりしていた。

そしてそれは、大人になっても変わらず、河原に行けば小さいのやら大きいの、島に行けば火山岩、峡谷に行けば岩肌から崩れ落ちたかけらを幾つも拾って持ち帰り、部屋に飾ったりしている。

なぜかそばに置いておくと落ち着くのだ。

精神世界といわれているものの扉を開いた頃、私の周りには綺麗で不思議な力を持っている石、”水晶”のことをとてもくわしく知っている人が何人もいた。「私はラピスが好き!」「私はトルコ石!」などとそれぞれがお気に入りを持っていて、水晶事情に詳しくない私は遠巻きにそんなやりとりを眺めていた。

当時、生意気だった私は「フンッ、な〜によ!知ったかぶって。そんなことより感情を解放してみろよ!心をオープンにしてみろよ!」「自分を見たくないからって、霊的なもの(水晶のことをそんな風にしか理解していなかった)で武装するなよ!開く順番が違うんだよ!」などと、こわ〜い言葉を平気で発していた。本当に鼻持ちならないヤな奴だ。

今、振り返ってみると、知ったかぶってたのは私の方だったということが、よくわかる。みなさま、本当にすみませんでしたとこの場を借りて詫びる事にする。

石のことを学び始めて、そんな狭量な考えでは説明がつかないほど、奥が深いものだということを知った。

私達と石が一体化した時、それは地球と一体化(グランディングという)すること、心を開いて分かち合うこと、そして直感に目覚め神聖なものとつながることの助けになってくれるのだ。つまり、石を自分のステイタスにしてしまうのか、石の中の生命力やエネルギーを感じ、心を通わせるのかの違いで、その力を活かすことも殺すこともできるわけだ。

そんな風に思えるようになったのはつい最近かもしれない。「フンッ、な〜によ!」と思いながらも水晶という石にとてつもなく惹かれていた私は、長い時をかけて少しずつ、理解してきた。

私の理解を助けてくれた本の中で、非常に分かりやすく、しかも水晶というものの本質をみごとにとらえたものがある。
次のページでその中の一部を抜粋してみよう。

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